茨城県内の自治体で「犯罪被害者支援条例」の制定が加速し、この1年で全体の約7割にあたる32市町村(県内44市町村中)へと急増しました。さらに茨城県自体も、遺族見舞金70万円、重傷病者への見舞金40万円という全国的にも高水準の制度を今年度から新設するなど、支援の手厚さは一見すると一気に進んだように見えます(茨城新聞の報道による)。

しかし、ニュースの表面だけを追うと見落としてしまう「なぜ今まで遅れていたのか」「なぜ未だに消極的な自治体があるのか」「本当に被害者は救われるのか」という3つの深い課題が存在します。

今回は、このニュースの裏側にある「社会構造のリアル」を解説します。

1. なぜ「今」なのか?国の制度が抱える「遅すぎる支援」という欠陥

そもそも、なぜ国ではなく「市町村レベルでの条例や見舞金」が必要なのでしょうか。

そこには、国の「犯罪被害者等給付制度」が抱える致命的なタイムラグがあります。

国の給付金制度は、警察による審査や捜査状況の確認など厳格な手続きを経るため、申請から実際に口座へお金が振り込まれるまでに数か月〜1年以上かかるケースが珍しくありません。

しかし、犯罪に巻き込まれた被害者やご遺族が直面するのは「明日からの生活費」です。

– 突然葬儀を出さなければならない(高額な葬儀費用)
– 現場となった自宅の清掃費用(特殊清掃やリフォーム)
– 大黒柱を失い、当面の生活費や家賃が払えない
– 事件のショックで会社に行けず、収入が絶たれる

こうした「直後の絶望」に対して、申請から数週間で給付できる自治体独自の見舞金は、金額以上の「命をつなぐ緊急避難的な意味合い」を持っています。県内の市町村では、遺族に30万円、負傷した被害者に10万円を支給する例が多いと報じられています。

2. 制定をためらう自治体のリアルな本音

茨城新聞の報道によれば、県内44市町村のうち未制定の12市町村の内訳には濃淡があります。

– 阿見町:2026年7月の施行を目指す
– 結城市、下妻市、常総市、常陸太田市、つくば市、つくばみらい市、東海村、八千代町の8市町村:2027年4月の施行に向けて準備中
– ひたちなか市、守谷市、牛久市の3市:制定の見通しが立っていない

つまり、大半の未制定自治体は「準備中」であり、明確に足踏みしているのはひたちなか・守谷・牛久の3市ということになります。同紙の取材に対し、担当者からは次のような声が上がっています。

> 「ニーズを含めて条例の実効性について検討が必要」
> 「被害認定や対象とする犯罪の範囲などに検討の余地がある」

一見すると冷淡に聞こえるかもしれませんが、この背景には現場の行政担当者が抱える「制度のジレンマ」があります。

● 「めったに起きない事件のために税金を使うべきか?」という議論

地方自治体の予算は限られています。犯罪被害はいつ誰の身に起きるか分からない反面、自治体単位で見れば年間の該当件数はごく少数です。そのため「利用頻度が極めて低い制度に予算や労力を割くより、高齢者福祉や子育て支援に回すべきでは」という議論が内部で起こりやすいのです。

● 「どこまでを犯罪と認定するか」の線引きの難しさ

見舞金を出すとなると、公正な判定基準が必要です。「親族間のトラブル(DVや身内の事件)は対象にするか」「被害者側にも落ち度(誘発)があった場合はどうするか」など、詳細な運用ルール(要綱)を作らなければならず、専門知識を持たない市町村の担当課にとっては運用の負担が大きいという側面があります。ひたちなか市・守谷市・牛久市が挙げる「実効性の検討」「対象範囲の検討」という理由も、まさにこの線引きの難しさを反映していると言えるでしょう。

3. 最大の争点:「県と市の見舞金」はダブルでもらえるのか?(併給問題)

今回のニュースで最も重要なポイントが、「県と市町村の見舞金の『併給(ダブル受給)』を認めるかどうか」です。

茨城県は今年度から、県独自で「遺族70万円/重傷病者40万円」という支援制度をスタートさせました。県内市町村の相場(遺族30万円・負傷者10万円)と比べても手厚い水準です。

ただし、実際に県と市町村の見舞金を両方受け取れるかどうかは、最終的には各市町村の制度設計次第となる可能性があります。

– 併給を認める自治体:県の70万円+市の30万円=合計100万円の支援
– 併給を認めない自治体:県の70万円が出たら、市の30万円は支給しない(または差額のみ)

もし住んでいる街によって「もらえる額が大きく変わる」となれば、同じ茨城県内でありながら不公平感が生じることになります。被害者支援団体からは「突然の悲劇で苦しむ遺族のために、県と市町村の両方から重複して受け取れるようにすべきだ」という声もあり、各市町村の判断が試されています。

※この併給の扱いについては、県が一律の方針を示しているかどうかを含め、今後の制度運用の詳細を注視する必要があります。

4. 本当の支援は「お金」だけではない:「二次被害」から守る体制

条例の目的は、単にお金を配ること(見舞金)だけではありません。実は条例本文には「二次被害の防止」や「切れ目のない総合支援」が強く謳われています。

犯罪被害者は、事件そのものの被害(一次被害)だけでなく、その後に以下のような「二次被害」に苦しめられます。

– マスコミの過熱報道や、SNSでの心ない噂・誹謗中傷
– 市役所で何度も同じ辛い説明をさせられる手続きの負担
– 賃貸住宅からの退去命令や、職場での理解不足による解雇・いじめ

条例が制定されている街では、市役所に「ワンストップの相談窓口」が設置され、担当者が各種手続きの同行や関係部署との調整を一括して行ってくれます。見舞金という「金銭的支援」以上に、「行政が味方になって伴走してくれる安心感」こそが、条例制定の真の価値と言えます。

まとめ:住む場所によって「救われない街」をなくすために

茨城県内で犯罪被害者支援条例が1年で3倍に急増した背景には、「近隣県に比べて遅れている」「住む街によって支援に差があるのはおかしい」という市民や警察からの強い危機感がありました。

未制定の12市町村のうち9市町村はすでに2026〜2027年の施行に向けて動き出しており、真に足踏みしているのはひたちなか・守谷・牛久の3市に絞られてきています。これは裏を返せば、県内のほぼ全域で「制定は時間の問題」という段階に来ていることを意味します。

犯罪はある日突然、何の前触れもなく平穏な暮らしを奪い去ります。「うちは平和だから関係ない」と考えるのではなく、「万が一の時に、誰もが途切れなく救われる地域社会(セーフティネット)」をあらかじめ作っておくこと。

残る自治体が早期に体制を整え、県と市町村が手を取り合って満額の支援を届けられる仕組み(併給の実現)が完成することを目指していく必要があります。


*本記事は茨城新聞(2026年4月24日配信)の報道内容をもとに構成しています。*